カップの10/Ten of Cups|「お金がない」は本当か? ~ #26

🔥実験26テーマ
【「お金がない」と感じるとき、何が起きているのか?】

Ten of Cups – Rider–Waite Tarot (1909)
Artist: Pamela Colman Smith
Public Domain via Wikimedia Commons

昨日に続き、同じカードで観察する。
カップの10、逆位置。

3回続けて出たこのカードは、
まだ終わっていないと告げているようだった。


今回の実験はシンプルにひとつ。

「お金がない」と思った瞬間を、観察する。

1日の中で、その言葉は何度か浮かんできた。

でも気づいたことがある。


「お金がない」と思った瞬間、
私は“今”を見ていなかった。


誰かと比べたとき。
未来を想像したとき。
「もっとあれば」という前提に立ったとき。

そのときにだけ、この言葉は現れていた。


つまり、

「お金がない」は、事実ではなく“思考の中”で起きていた。


今この瞬間、私はどうだろう。


家がある。
ご飯がある。
必要なものは足りている。
今日も生活できている。


その状態の中で、本当に「ない」と言えるのか。


試しに、こう問いかけてみた。

「それ、本当に今ない?」

すると、不思議なことが起きた。
一瞬、思考が止まる。

そして、「ない」と言い切れない自分がいた。

ゼロではない。
でも十分とも言い切れない。

その曖昧な場所に、私は立っていた。

それに気づいたとき、
「お金がない」という言葉は、
少しだけ力を失った。

消えたわけじゃない。
でも、絶対的な事実ではなくなった。


そして、夜。

彼がリハーサルから帰って来て、
「顔が見たいからお茶しようよ」と誘ってくれた。

仕事が一段落していたし、少し息抜きもしたかった。
でも、ブログ記事も書きたかったから、

「30分ぐらいね」とだけ決めて外に出た。


お店に入ると、つい長くなってしまうから、
ドン・キホーテでお茶を買って、
6階のベンチで飲もう、ということになった。


それが、想像以上に楽しかった。


何か特別なことをしたわけじゃない。
お金をたくさん使ったわけでもない。


ただ、そこにいて、話して、笑っていた。

それだけで、満ちていた。

その時間の中には、
「お金がない」という感覚は、なかった。

むしろ、
「今、幸せだなぁ」という感覚だけがあった。


何をするにも、
お金があれば、もっとできるかもしれない。

でも、
お金がなくても、すでにできていることがある。


そして、もうひとつ。

何をするかより、誰とするか。

同じ時間でも、
誰といるかで、感じるものはまったく変わる。


あの時間が満ちていたのは、
お金を使ったからじゃない。

その人と過ごしていたからだ。


カップの10逆位置。

それは、

「すでにあるもの」と「まだ欲しいもの」
その両方を同時に持っている状態で、どう在るか。

という問いなのかもしれない。

私は今、
満ちているのか、いないのか。

その答えは、
外側ではなく、
どこを見ているかで変わる。


今日はここまで。

この感覚を、もう少し観察してみる。😎🌈🌬️

🔥次の実験

👉 #27 very soon

🔥前の実験

👉 #25はこちら

🌱はじめての方へ

👉 この研究室についてはこちら

🔁実験一覧

👉 実験一覧はこちら

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA

目次