カップの2/Two of Cups|遠慮していた。私。 ~ #31

🔥 実験31テーマ
【一致している世界にいるとき、人はどう感じるか?】

Two of Cups – Rider–Waite Tarot (1909)
Artist: Pamela Colman Smith
Public Domain via Wikimedia Commons

カードを切っていたら、1枚がひっくり返った。
カップの2、正位置。

“引いた”というより、“来た”感覚。

見た瞬間に浮かんだのは、

「一緒に豊かさを分かち合える」

そして、理由は分からないのに、
ただ静かに

「大丈夫」

という感覚があった。


このカードは「関係性」や「調和」と言われるけれど、
今回の実験で見えてきたのは、もっと内側の話だった。


一緒にウクレレを演奏しているユニットのメンバーと、
お酒を飲む時間があった。

彼女はとてもいい子なのだけど、
過去に何度か、酔ったときに感情が爆発し、
そのとばっちりを受けたことがある。

日頃、色々我慢して溜まっているであろうストレス、
それがお酒で解放されてしまう。

だから正直、少し怖さがあった。

「嫌な思いをしなければいいな」

そう思いながら、その場に向かった。


結果は、何も起きなかった。
穏やかで、楽しい時間だった。

でも、その中で気づいたことがある。


私は、少し遠慮していた。


外側の現実は何も問題がないのに、
内側にはまだ、警戒が残っていた。


ここで見えたのは、

ズレていたのは「相手」ではなく、
「自分の中に残っている前提」だったということ。


過去の出来事が、

「また起きるかもしれない」

という前提を作り、
その前提が、今の自分の振る舞いに影響していた。


でも同時に、もうひとつの気づきがあった。


もし、自分が遠慮せず、
変に気を使いすぎず、
自然にそのままでいられたら——

もっと楽に、もっと自然に、
関係は流れるのではないか?


ただし、それは

「思ったことをそのままぶつける」ことではない。


我慢しないことと、無神経であることは違う。


私自身もこれまで、
言いたいことを飲み込んで、我慢して、
それが積み重なって、
ある時ふと、思ってもいない形で出てしまうことがあった。

いわゆる“失言”。


でも今なら分かる。

あれは、その瞬間に起きたものではなく、

ずっと前から、内側に溜まっていたものが、
出口を見つけて出てきただけだった。


つまり、

我慢している時点で、
すでに小さなズレが生まれていたということ。


だから大事なのは、

溜めないこと。


違和感が小さいうちに、
軽く、自然に、
そのまま出すこと。


それは、ぶつけることではなく、
“流す”ことに近い。


今回の実験を通して見えてきたのは、

一致とは、
相手とぴったり合うことではなく、

自分の内側にある前提や記憶がほどけていくことで、
自然と外側にも調和が現れていくということ。


外を整えるのではなく、
内が整うことで、外が整う。


そして、もうひとつ。


「整っている人」とは、

すべてを完璧に合わせられる人ではなく、

ズレを無視せず、
小さな違和感に気づき、
それを溜め込まない人なのかもしれない。


今日はここまで。

“そのままでいられる関係”が、
どこまで自然に広がっていくのか。

この流れを、引き続き観測していく😎🔥🌈🌬️

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